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寺小屋ブログ

受験に失敗して失うものは?

寺小屋塾長の久本です。

約1か月前、併願校の受験旅行に出発する直前の塾生から、Zoomでの面談希望が入りました。

(少し解説すると、寺小屋は兵庫県の北部の過疎地域にあるので、近くに大学はほとんどなく、多くの生徒が併願で阪神地区の私立大学を複数受験する場合、日程を調整して、親戚のお家やホテルに連泊して受験をすることになります。これをうちの塾では、受験旅行 と呼んでいます。この期間中は、普段ほとんど毎日やってくる受験生も、物理的に塾には来れないことになります)

いわく、「共通テスト以来、あまり調子が良くなくて、モチベーションが上がらず、このままでは併願校にも全部落ちてしまいそうで、不安でたまらない」とのこと。

そこでその生徒の個性や日々の頑張りを考慮したうえで、私が話したのは

「受験に失敗したからといって、何も失うものはないよ。」

ということでした。

受験生に対するアドバイスとして、適切だったかはわかりません。でもこれは、私の信念であり信条でもあります。

受験生は何のために勉強するのか。

もちろん、合格を手に入れるためですが、「合格とは何か」とさらに考えると、それは

「その大学に入学を許可されるだけの学力や能力を身につけている」ということの形式的証明ですね。

もちろんその形式が絶対的な意味を持つことは百も承知の上で申し上げますが、仮に一時的な心理的不調や緊張などによって、試験当日にその力が十分に発揮できず、不合格になったとしても、実際には十分に合格に値するだけの能力を身に着けることができていたとするならば、

実は、不合格によって失うものは何もありません。

あとは、せっかく身につけたその能力を十分に生かせるチャンス、時と場所を求め続けるだけのことです。

そうです。その生徒にその併願校に十分合格できるだけの力があることを私は知っていました。そして、その生徒が合格に向けてどれだけ努力を続けてきたかを、私も、塾のスタッフも、ご家族も、十分に知っていました。

敢えて書かせていただくなら、その生徒は、連日学校で行われる「熱心な指導」に傷つき、怒り、学校に行きたくないと塾で泣いたりボヤいたりで、精神的にはとても不安定でした。

ですので、私はその生徒に、まず

「他人からの評価を気にする必要はない」

ということを伝えたかった。そして

「今まで頑張ってきた自分を自分でしっかり認め、自分に許しを与えること」

を知ってほしかったのです。

「他人」は目に見える結果によって評価を変えます。当たり前のことです。ですので、自分の成長のためにある程度「他人の目」を気にすることも必要かもしれません。

でも、所詮「他人」は「他人」です。「自分の幸せにとって究極に大切な人たち」ではありません。

「君の家族も、塾の先生たちもスタッフも、そして私も、君が不合格になったからといって、君に対する評価を変えることは決してない。そして、これまでの努力の中で、君が十分その大学の合格に値するだけの力を身につけていることは、私が保証する。だから、安心して受験してこい。」

うまく伝わったかはわかりませんが、私が心を込めて伝えたかったメッセージです。

おかげ様で、その生徒は必要な併願校の合格を無事手にして、今、国公立の合格発表を待っています。