寺小屋
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寺小屋ブログ

誰のための指導?

寺小屋塾長の久本です。

前回の続きです。

指導者の立場にあるものが心しないといけないこと。それは、

「自分の指導は、本当に生徒のためになっているか。自分の熱意は、本当に生徒のために向けられているか?」

ということだと思います。

自分の熱意や指導が、実は生徒の足をひっぱり、生徒を苦しめ、生徒のやる気をそいでいる。

なんて、誰も思いたくありません。でも現実には、よく起こることです。

それは、一つには「生徒と指導者の評価の二重構造」とでも呼ぶべきものがあるからだ と私は思います。

生徒が一生懸命に努力して出した輝かしい成果。それは、本来生徒本人のものです。でも、それは、世間から見れば、同時にその生徒を指導した者の優秀さの証明。学校の、塾の、学年団の、教師一人一人の評価につながっていきます。

生徒のために一生懸命になっているつもりが、いつの間にか学校のため、学年団のため、ひいては自分自身の評価のために、必死になってしまっている。仮にそんな指導者がいるのだとしたら、子供たちの感性を甘く見てはいけません。彼ら彼女らは必ずその裏の気持ちに気付きます。そして、教師や指導者、大人たちへの信頼感を失っていきます。

表面的にはどんなに熱心な指導に見えたとしても、生徒たちの信頼感を失ったところに、決して本当の指導は成立しません。

宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の一節

「アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ・・・」

すごく難しいですね。でも、常に肝に銘じていたいことです。

高3生たちがそれぞれに成果をあげて、お礼のあいさつに来てくれる季節だからこそ、忘れずにいたいと思います。